プロメガ実験ノート Vol. 1 HaloTag®による膜蛋白質の大量精製例
プロメガ株式会社 HaloTag®による膜蛋白質の大量精製例 はじめに 細胞は細胞膜に存在する膜蛋白質を通じ、情報の伝達や栄養分等の取り込み・排出などを行ないます。今後の医薬品の標的の大半は哺 乳類由来の膜蛋白質であるとされ、哺乳類膜由来膜蛋白質を高純度で大量に精製する技術が学術・社会的に求められています。最近我々 は、変異アデノウィルス/哺乳類培養細胞系を用いた大量発現とHaloTag®による精製を組み合わせ、ウサギ由来のカルシウムポンプ蛋白 質SERCA1a(分子量約110k)の大量発現・精製に成功しました。培養液1L当たり約4 mgと驚異的な発現量を達成しています。また、結 晶化にも成功し、X線結晶構造解析の結果を最近Nature誌(参考文献)に発表しました。我々の研究室では、本手法を用いて他の多数の膜 蛋白質の発現・精製にも成功しております。本手法は今後の膜蛋白質の機能・構造解析にも有用なツールの1つとなると思われますので、 ここで紹介をさせて頂きたいと思います。 1. コンストラクトの設計 膜蛋白質のアミノ酸N末端やC末端には、その蛋白質の機能調節に必須な 部位がある場合も多いです。また、膜蛋白質の場合N末端には膜透過のため のシグナルペプチドを持つ場合も多く、これに対する配慮も必要でしょう。 我々は、蛋白質の特性をわきまえ、N末端への融合にはpFN21Kを、C末端 にはpFC14Kを用いています。両プラスミドはCMVプロモーター下流にク ローニングサイトを持つので、哺乳類培養細胞へのトランスフェクション により目的蛋白質の一過的発現が可能です。通常我々は、まず一過的発現 を行うことで、発現蛋白質の安定性のチェックを行ないます。その後、 HaloTag®を融合させた遺伝子を最終的にアデノウィルス作成のためのシャ トルベクターへ組み込み、変異アデノウィルスの作成を行っています。 2. 発現した膜蛋白質の局在・発現量のチェック まずは、発現した膜蛋白質が細胞内の期待される場所に局在しているか を調べます。それには蛍光HaloTag®リガンドを利用します。我々は HaloTag® TMRリガンドとHaloTag® Alexa Fluor® 488リガンドの2種類 を主に使用しています。TMRリガンドは細胞膜を透過する性質を持つため、 SERCA1aのような小胞体膜等に局在する膜蛋白質を容易にラベル可能です。 一方、Alexa Fluor® 488リガンドは細胞膜を透過しないため、細胞外に局 在するHaloTag®のみをラベルします。蛍光ラベル後に共焦点レーザー顕微 鏡を用いることで、目的膜蛋白質の局在を簡便に調べることが可能です (図2左)。発現のチェックには、通常の抗HaloTag®蛋白質を用いたウェ スタンブロッティング法も良いですが、HaloTag®蛋白質の特性を活かした 簡便な系である、蛍光HaloTag®リガンドを用いた検出法をお薦めします。 操作の簡素化が計れ、実験の時間短縮が望めます(図2中、右)。 図1:使用ベクター HaloTag®蛋白質のN末端への融合にはpFN21Kを、C末端の融合に はpFC14Kを用いています。 東京大学分子細胞生物学研究所 高難度蛋白質立体構造解析センター 小川 治夫 先生 Vol. 1 HaloTag®を選んだ理由 発現蛋白質の精製用のタグ代表的なものの1つにHisタグがありますが、SERCA1aのような110Kもある大きな膜蛋白質の精製には不向 きな場合も多いです。一方、HaloTag®はHaloTag®リガンドとの間で共有結合を形成することから、発現量が少なくても精製を効率よく 行えるのではないかという期待がありました。また蛍光リガンドも豊富に用意されており、共焦点レーザー顕微鏡などで発現蛋白質の局在 を調べることや、発現した蛋白量を蛍光により定量的に直接測定できるのではないかという期待があったためです。HaloTag®のように商 品として流通しており、精製と蛍光ラベルの両者を簡便に行なうことが可能なタグは現在のところ存在しないのではないかと思われます。 図2 :発現した蛋白質の局在と蛍光による発現の確認 (左)SERCA1aを発現した細胞にHaloTag® TMRリガンドを反応さ せ、共焦点レーザー顕微鏡で観察を行ないました。発現SERCA1aの 小胞体膜への局在が分かります。(中、右)発現したSERCA1aを蛍 光HaloTag®リガンドでラベルし、電気泳動を行なった結果です。 Alexa Fluor® 488リガンド(中)とTMRリガンド(右)を利用しま した。蛍光撮影装置(後述)により、発現蛋白質を簡便に検出でき ます。 蛍光ラベルを行なったサンプルの電気泳動後の検出には、高価な蛍光ゲルスキャナ(約1千万円)の利 用が常識でした。我々の研究室では、そのように目的も限られている上に高価な器機は持ち合わせてい なく、実験開始当時は苦心しました。幸いAlexa Fluor® 488は励起波長がGFPと近いため、GFPの蛍光 撮影用に購入していた蛍光撮影装置(リライオン社製:約30万円)を用いることで高感度の観察・撮影 が可能でしたが(図2中)、TMR用の簡便に観察・撮影可能な装置がありませんでした。実際HaloTag® TMRリガンドは細胞膜を透過する性質を持つため、細胞に直接試薬を加えることでSERCA1aのように小 胞体膜に局在する膜蛋白質も容易にラベル可能です。従って、Alexa Fluor® 488リガンドに比べ利点が 大きいと言えます。そこで、リライオン社に相談したところ、光源部分(緑色)を約12万円で作成して 下さり、現在では図2右のようなイメージを容易にかつ高感度で得ることが可能になりました。 励起用光源部(青色) (リライオン社製) これを使いました ~蛍光撮影装置~ プロメガ株式会社 本社 〒103-0011 東京都中央区日本橋大伝馬町14-15 マツモトビル Tel. 03-3669-7981 / Fax. 03-3669-7982 大阪事務所 〒532-0011 大阪市淀川区西中島6-8-8 花原第8ビル704号室 Tel. 06-6390-7051 / Fax. 06-6390-7052 日本語 Web site : www.promega.co.jp テクニカルサービス ● Tel. 03-3669-7980 / Fax. 03-3669-7982 ● E-mail: prometec@jp.promega.com 販売店: PKS140401 3. 精製 3-1. 最適界面活性剤の選別 膜蛋白質の精製で最も重要なことの1つに、最適な界面活性剤の選択が あります。界面活性剤には多くの種類(疎水性部分や親水性部分の性質に 違いがある)があり、1つの膜蛋白質に最適なものが他のものに有用であ るとは限りません。我々は、膜蛋白質と界面活性剤の相性を、膜蛋白質の 活性を評価する事で行なっています。例えば、膜受容体などの場合には、 リガンド結合活性の維持などがその指標となるでしょう。 3-2. HaloTag®レジンによる精製 HaloTag®蛋白質はレジンに結合したHaloTag®リガンドとの間で共有 結合を形成するため、発現したHaloTag®融合蛋白質を特異的に結合しま す。HaloTag®蛋白質とのリンカー部位にはTEVプロテアーゼ認識部位があ るため、TEVプロテアーゼの溶出溶液への添加で、目的蛋白質のみの回収 が可能です。純度の高い精製標品を得るには多少の工夫も必要です。例え ば、融合蛋白質に対するHaloTag®レジンの許容量の測定も必要でしょう (実際、目的蛋白質や精製条件により大きく変わります)。必要最小限の レジンを用いることで非特異的に結合するコンタミ蛋白質を最小限に抑え る事が可能です。また、カラムウォッシュ等の際に活性保持に必須な脂質 が流れ出てしまい、結果的に失活してしまう例も多いです。精製最中の活 性保持のための脂質添加も考慮されることの1つでしょう。SERCA1aの場 合、ミクロソーム画分の約20%がHaloTag®融合SERCA1aで(図3②)、 そのほぼ全てを界面活性剤C12E8で抽出できました(図3③)。また、レジ ンに結合した蛋白質の大半をTEVプロテアーゼの添加により回収できまし た(図3④)。これでも~90%の純度ですが、結晶化のためには更にもう 一段の精製を行なっています(図3⑤)。 参考文献 Toyoshima, C., Iwasawa, S., Ogawa, H., Hirata, A., Tsueda, J., Inesi, G. Nature 495:260-4 (2013). Crystal structures of the calcium pump and sarcolipin in the Mg2+-bound E1 state. 250 150 100 75 50 37 (k Da) ① ② ③ ④ ⑤ 製品名 サイズ カタログ番号 価格(¥) pFN21K HaloTag® Flexi® Vector pFC14K HaloTag® CMV Flexi® Vector HaloTag® TMR Ligand HaloTag® Alexa Fluor® 488 Ligand HaloTag® Mammalian Protein Purification System 20µg G2831 20µg G9661 30µl G8251 1システム G6790 50,000~ 51,000 80,000 80,000 89,000 関連製品 図3 :発現SERCA1aの精製 変異アデノウィルスにより発現したSERCA1aの精製を行な いました。①はMWマーカー、②は発現した細胞のミクロソー ム画分、③は界面活性剤C12E8で可溶化を行なったもの、④は HaloTag®精製時の溶出画分、⑤は他カラムで更に精製したも のを示します。各レーン5 μgずつロードし、CBB染色を行 なっています。赤矢印はSERCA1aの位置を示します。②③で はHaloTag®が融合しているため、MWは約144kDaですが、 ④⑤はH al oT a g ® 蛋白質(約34k Da)除去後のため、約 110kDaにあることが分かります。 HaloTag®は本プロジェクトの開始時(今から約7年前)に丁度出てきた商品であり、最初の頃は疑心暗鬼で実験を行っていました。当 時はプロメガでもイメージングを全面に出す宣伝ばかりで、精製に関しては膜蛋白質はおろか水溶性蛋白質でも応用例が報告されておら ず、ほぼ全てを自分達で検証してゆく必要がありました。例えば、レジンへの結合はマニュアルでは低温(4℃)でも可能とのことでした が、SERCA1aの場合は、低温(4℃)では結合せず、最適な温度を色々と試す必要がありました。また、レジンの許容量も公称値とは大 きく異なりました。当たり前のことであるでしょうが、どの膜蛋白質にも個性があり、それに応じた対処が必要なのだと思われます。そ の点、我々はSERCA1aの性質を知り尽くしており、これが本プロジェクトの遂行のためにも多いに役立ちました。つまりは、自分の標的 蛋白質を良く理解するということが、成功への近道なのかもしれません。 こんなところで苦労しました 30µl G1001 Flexi® ORF Clone (Flexi® HaloTag® Type) 1クローン オンラインカタログをご覧ください 51,000