プロメガ実験ノート vol.8 GloSensor™ cAMP Assayを用いた気相中から溶け込んだ ニオイ分子に対する嗅覚受容体のリアルタイム検出
22 プロメガ株式会社 はじめに 嗅覚受容体は生物のニオイセンサーとしてはたらく7回膜貫通タンパク質です。主に、鼻の中に存在する嗅神経細胞の細胞膜に存在し、嗅覚受容体 が環境中のニオイ分子と選択的に結合すると、細胞内シグナル伝達が生じます。嗅神経細胞で生じたシグナルは、嗅球を経て最終的に脳へ伝わるこ とで、生物はニオイを知覚しています。嗅覚受容体をコードする遺伝子はとても多く、ヒトでは約400種、マウスでは約1200種の嗅覚受容体があ り、さらに、1つの嗅覚神経細胞には1種類の嗅覚受容体のみが選択的に発現し機能しています。つまり、1つの嗅覚受容体が1つのニオイセンサー 素子として機能し、鼻の中では無数のセンサー素子が同時に機能していることになります。また、1つの嗅覚受容体が複数のニオイ分子と結合する ことができること、1つのニオイ分子は複数の嗅覚受容体を刺激できることから、全ての嗅覚受容体の応答パターンを集約・分析することで、ニオ イを捉えているいると考えられています。 嗅覚が認識する物質は全てニオイ分子であり、ニオイ分子には水に溶けにくい化合物も非常に多くあります。個々の嗅覚受容体のリガンド探索など を行う際には、異種細胞で発現させたOR (Olfactory receptors)のリガンド応答をcAMP生産に伴って発現するレポーター遺伝子の発現で評価する のが一般的です(Dual-Glo luciferaseアッセイなど)。この場合、培地中でリガンド刺激を行う必要があるため、多くの場合、ニオイ分子を培地に 溶かして、その溶液で嗅覚受容体を刺激するという手法が取られていました。一方、実際の嗅覚では空気中に漂うニオイ分子は嗅神経細胞の表層を 多く嗅粘液に溶け込み、応答する受容体がある場合には瞬時に認識されます。 筆者らは、GloSensor™ cAMP Assayを用いることで、ニオイの溶け込みを再現し、リアルタイムでの検出を可能とするより動物本来の嗅覚応答 に近い新規の嗅覚受容体リガンド応答試験Vapor stimulation アッセイを行うことに成功しました、本手法は、嗅覚受容体のリガンド探索手法とし てだけでなく、嗅粘液等の外環境の嗅覚に与える影響の解析、ニオイを頼りにしている官能評価の模倣など多くの分野の進展のツールとなりうるこ とが期待されるため、紹介させていただきます。 東京農工大学大学院工学研究院 生命機能科学部門 福谷洋介 様 GloSensor™ cAMP Assayを用いた気相中から溶け込んだ ニオイ分子に対する嗅覚受容体のリアルタイム検出 図1 Vapor stimulation Glo sensor assayの概要 ORsとcAMP依存型ルシフェラーゼを共発現させ、気相から溶け込んだ匂い 分子にORが応答するとルシフェラーゼが活性化する。匂い分子の曝露後、ル シフェラーゼ発光を経時的に測定し、AUC分析によって各ORsの匂い分子応 答を数値化する。右図では、1%のアセトフェノン溶液から気化した匂い分 子に対するOlfr145のリアルタイムの応答を例示している。感度の良いORと 匂い分子の組では100秒程度でも有意なルシフェラーゼ発光を検出できる。 1. Vapor stimulationアッセイシステムの概要(図1) 細胞としては、評価したい嗅覚受容体の発現プラスミド、ORシャペロ ンであるRTP1S(Receptor transporting protein 1S)の発現プラスミ ドに加え、pGloSensor™-22F cAMP Plasmidを共トランスフェクション させます。 翌日、GloSensor™ cAMP Assayのマニュアルに従い、基質 の平衡化を行います。 気相からの刺激を行うため、ルシフェラーゼ発光の測定を開始する前に、 測定したいニオイ分子溶液を分注した別の96ウェルプレートをプレート リーダー内に挿入し、一定時間置くことニオイが充満した環境を測定部に 作ります。そして、一定時間経過後に、嗅覚受容体発現細胞を培養してい るプレートをプレートリーダーに入れ、ルシフェラーゼ発光の経時測定を 開始します。時間経過とともに気相中のニオイ分子が細胞を覆っている溶 液層に溶け込み、細胞に発現している嗅覚受容体がそのニオイ分子に応答 する場合に、細胞内で生じる発光を検出する仕組みです。 気相中のニオイ分子検出では嗅覚受容体の溶け込んだニオイ分子応答をリ アルタイムで検出することが重要になるため、Glosensorを利用していま す。GlosensorはcAMP結合ドメインが組み込まれており、通常時は不活 化状態になっています。細胞に発現させた嗅覚受容体がニオイ分子で刺激 され、細胞内にcAMPが産生されると、cAMPとGlosensorが結合するとル シフェラーゼ活性が復活するため、ルシフェラーゼ-ルシフェリン反応に よる生物発光が短時間で生じます。 Vol. 8 1. Buck L, Axel R. A novel multigene family may encode odorant receptors: a molecular basis for odor recognition. Cell 65, 175-187 (1991) 2. Serizawa S, Miyamichi K, Sakano H. One neuron-one receptor rule in the mouse olfactory system. Trends in genetics : TIG 20, 648-653 (2004) 3. Zhuang H, Matsunami H. Evaluating cell-surface expression and measuring activation of mammalian odorant receptors in heterologous cells. Nat Protoc. 3(9). 2008 4. Kida H*, Fukutani Y*, Mainland* J.D, de March CA, Vihani A, Li YR, Chi Q, Toyama A, Liu L, Kameda M, Yohda M and Matsunami H, * Equal contribution Vapor detection and discrimination with a panel of odorant receptors, Nat. commun, 9(1): 4556 (2018) 5. de March CA, Fukutani Y, Vihani A, Kida H and Matsunami H, Real-time in vitro monitoring of odorant receptor activation by odorant in vapor phase. Journal of Visualized Experiments 146, e59446 (2019). 図2 嗅覚受容体の気相中のニオイ分子応答試験結果 横軸:気相刺激 を開始してからの時間、縦軸:ルシフェラーゼ発光強度 プロメガ株式会社 本 社 〒103-0011 東京都中央区日本橋大伝馬町14-15 マツモトビル Tel. 03-3669-7981 / Fax. 03-3669-7982 大阪事務所 〒532-0011 大阪市淀川区西中島6-8-8 花原第8ビル704号室 Tel. 06-6390-7051 / Fax. 06-6390-7052 日本語 Web site : www.promega.jp テクニカルサービス ● Tel. 03-3669-7980 / Fax. 03-3669-7982 ● E-mail: prometec@jp.promega.com 販売店: PKS190801 *製品の仕様、価格については2019年8月現在のものであり予告なしに変更することがあります。 研究室でも様々な匂いが常日頃から漂っています。そのため、応答の良い嗅覚受容体を用いた場合では、中には、前日に実験で使用したニオ イや、ほかの研究者が使っている試薬のニオイに応答してしまう場合もあり、実験環境を普段よりも整える必要があります。プレートリー ダー内部に残存してしまうニオイを実験後にエアーブローすることで洗浄することが必須です。また、トランスフェクション後の細胞をでき るだけ他のニオイに触れないように独立したインキュベーターで培養するなど、予期せぬニオイとの接触をできるだけ避けるようにする工夫 を行うことが苦労しました。 参考文献 製品名 サイズ カタログ番号 関連製品 pGloSensor™-22F cAMP Plasmid 20 µl E2301 こんなところで苦労しました 2. 気相中のニオイ分子の検出と識別 まず、マウスやヒトの嗅覚受容体の中から実験に用いたい嗅覚受容体を 選抜します。96ウェルプレートでTriplicateをすることが好ましいため、 最大31種類の受容体を選択できます。この31種類の嗅覚受容体とコン トロール1種類を個々に発現させた細胞を96穴プレートで培養します。 試験で用いた嗅覚受容体が気相中のニオイ分子に応答するか試験したと ころ、多くのニオイ分子で0.01%以下の溶液からの揮発した成分に対し 複数の嗅覚受容体発現細胞が濃度依存的な応答を示すことが分かりまし た。中には0.0001%のニオイ溶液の揮発成分を検出できる高感度な嗅 覚受容体や1分程度で検出できるニオイ分子⁻嗅覚受容体の組み合わせも ありました(図2)。また、31種類の嗅覚受容体の応答の違いを総合的 に分析することで、メチル基1つだけ構造の異なる分子を識別できるこ とが分かりました。 気相中のニオイ分子の嗅覚受容体発現細胞でのリアルタイムでの検出と、 嗅覚受容体細胞パネルによるにおい分子の識別をGloSensor™を用いる ことで実現しました。 またこの手法は、細胞を覆っている液相中に他のタンパク質などを添加 することができます。マウスの嗅覚神経細胞を覆う嗅粘液に含まれる代 謝酵素が存在することが分かっています。実際に、代謝酵素の1つを実 験したところ、ニオイ分子に対する応答が変化する嗅覚受容体があるこ とを示し、面白いことに、この代謝酵素による変化も嗅覚受容体毎に異 なるデータがこのアッセイ手法を行うことで得られました。 GloSensor™ cAMP Reagent 25 mg E1290 製品名 サイズ カタログ番号 NanoBiT® PPI MCS Starter System 1セット N2014 NanoBiT® PPI Flexi Starter System 1セット N2015