プロメガ実験ノート vol.2 HaloTag®を用いた 蛋白質に結合するRNAの網羅的解析
プロメガ株式会社 HaloTag®を用いた 蛋白質に結合するRNAの網羅的解析 1. コンストラクトの設計 pFN21Aベクターをベースにした、HaloTagのN末端融合型ヒトAtaxin-2発現ベクターを、プロメガ社から購入しました (Flexi® ORF Clone)。これをテンプレートにして、様々な変異体も作成しました。蛋白質の発現量にもよりますが、PAR-CLIP法では細胞が大量に必要 となるため (15cmプレートで20〜120枚)、これらのベクターを哺乳類培養細胞に導入し、安定発現細胞株を樹立しました。 2. PAR-CLIP法によるサンプル調整 図1に、PAR-CLIP法の流れを示します。実験ステップが多いの で、RNAを失ったり、分解してしまわないように細心の注意を払う 必要があります。はじめに、細胞を回収する前夜に、培養液中に4- チオウリジン (4-SU)を添加し、これをウリジンの代わりにRNAに 取り込ませます。4-SUを含むRNAは、長波長紫外線照射によって、 蛋白質と強力に架橋します。次にCell lysis buffer (プロメガ)を用 いてcell lysateを回収し、Mammalian Protein Purification System (プロメガ)を用いて、Halo-Ataxin-2複合体をビーズに結 合させます。ビーズ上で、次世代シーケンサーで読める程度にRNA を短くし、放射線でラベルをします。(裏面へ続く) 大阪大学大学院医学系研究科 神経遺伝学講座 河原 行郎 先生 Vol. 2 HaloTag®を選んだ理由 免疫沈降が可能なタグにはFLAGをはじめとして複数あります。これらは、抗体を使った沈降法ですが、HaloTagは、ビーズと共有結 合するため抗体を必要とせず、結合力が高い点も魅力でした。抗体の性状に左右されないため、一旦手法を確立すれば、他の蛋白質への 汎用性が高いことも魅力でした。またPAR-CLIP法では、ビーズにRNA-蛋白質複合体が結合した状態で、リンカーの付加や放射線による ラベリングなど様々な酵素反応を行う必要があります。このとき、バッファーに高濃度のDTTが含まれていることがあり、抗体への影響 が懸念されますが、HaloTagならその影響を最小限に抑えられます。一方で、共有結合であるため、蛋白質をビーズから再度外すこと は難しく、沈降した蛋白質は、HaloTEV Protease (プロメガ)を用いてHaloTagを切断し抽出します。このため、タグに非特異的に結 合してしまう蛋白質やRNAの混入リスクも軽減することが可能です。 図1 :PAR-CLIP法による蛋白質に結合するRNAの回収方法の概略 1. 細胞培養液に4-SU添加 2. 長波長UV照射による RNA-蛋白質架橋 3. HaloTag®による RNA-蛋白質複合体沈降 4. RNaseによる結合RNAの 断片化 5. 3’アダプター付加、 5’末端放射線ラベル 6. SDS-PAGE電気泳動 7. RNA-蛋白質複合体の 切り出し 8. RNA断片の回収 9. 5’アダプター付加 10. RT-PCR 11. 網羅的シーケンス HaloTag® RBP 沈降 架橋 はじめに RNA結合蛋白質は、転写、スプライシングなどの修飾、RNAの安定性制御、翻訳な ど、RNAの代謝を様々なレベルで調節しています。また、蛋白質をコードしたmRNA のみならず、non-coding RNAの発現や機能調節にも関与しています。最近の報告 (Castello et al, Trends in Genetics, 2013)によれば、我々ヒトの体には1,500個も のRNA結合蛋白質が存在している可能性が示唆されていますが、具体的な機能が特定 できているものは限られています。このため、各RNA結合蛋白質の標的を網羅的に同 定することが、機能を明らかにする上でも重要です。蛋白質に結合するRNAの回収に は、従来RIP (RNA immunoprecipitation)法が用いられてきました。これは、原理的 にはDNAを標的としたChIP (Chromatin immunoprecipitation)法と同じで簡便では ありますが、RNAを抽出するまでに弱く結合したRNAを相当量失ってしまうことや、 非特異的に結合したRNAが混入してしまうなど弱点も多いのが実情です。このため、 これらの諸問題を解決するべく、CLIP (UV crosslinking and immunoprecipitation) 法やその改変法であるPAR (Photoactivatable-Ribonucleoside-Enhanced)-CLIP法 (Hafner et al, Cell, 2010)などが開発されてきました。 我々の研究室では、HaloTagを利用したPAR-CLIP法の確立に取り組んできました。その結果、これまで具体的な機能が特定できてい なかったAtaxin-2の標的と機能を明らかにすることに成功し、最近Molecular Cell誌 (参考文献)に発表しました。本手法は、今後のRNA 研究に欠かせないツールの1つとなることが期待されますので、ここで紹介させていただきます。 RNA断片の標識、回収、 逆転写、シーケンス 4SU 4SU 4SU UV照射 プロメガ株式会社 本社 〒103-0011 東京都中央区日本橋大伝馬町14-15 マツモトビル Tel. 03-3669-7981 / Fax. 03-3669-7982 大阪事務所 〒532-0011 大阪市淀川区西中島6-8-8 花原第8ビル704号室 Tel. 06-6390-7051 / Fax. 06-6390-7052 日本語 Web site : www.promega.co.jp テクニカルサービス ● Tel. 03-3669-7980 / Fax. 03-3669-7982 ● E-mail: prometec@jp.promega.com 販売店: PKS140901 参考文献 Yokoshi, M., Li, Q., Yamamoto, M., Okada, H., Suzuki, Y., Kawahara, Y. Molecular Cell 55(2): 186-198 (2014). Direct binding of Ataxin-2 to distinct elements in 3’UTRs promotes mRNA stability and protein expression. 製品名 サイズ カタログ番号 価格(¥) pFN21A HaloTag® Flexi® Vector Mammalian Lysis Buffer HaloTag® Mammalian Protein Purification System 20µg G2821 1システム G6790 50,000〜 10,000 89,000 関連製品 図2 :Ataxin-2結合RNA断片の検出 TEV Protease処理により、RNA-Ataxin-2複合体を回収した後、サンプルをSDSPAGE電気泳動で分離しました。Ataxin-2は150 kDa程度ですが、HaloTagとAtaxin-2 の間にリンカーがあることやRNAが結合していることもあり、若干上方で、放射線でラ ベルされたRNA断片が可視できました。RNAの断片化にはMNaseを用いました。この オートラジオグラフィーから、MNaseの濃度が高くなると、バックグランドがきれいに なりますが、同時にAtaxin-2に結合するRNA量も減ることが確認できます。したがって、 適切な濃度 (通常は、200 gel U/l)で処理する必要があります。 CLIP法やPAR-CLIP法は、比較的新しい手法であり、周りに経験者が全くいませんでした。細かい技術的なコツなどが分からず、途中 で諦めかけたこともありました。特に網羅的シーケンスで得られた結果は、最終的には情報解析によって検証する必要があり、ウエット とドライの両方の解析が一体となっています。このため、シーケンスから検証までに数ヶ月を要することもあり、手法の改善・改良に長 い時間を費やしました。これからCLIP法やPAR-CLIP法を試してみようとお考えの方は、結合モチーフなどがよく知られている蛋白質を positive controlにして、最初に系を立ち上げることをお勧めします。 こんなところで苦労しました 40ml G9381 Flexi® ORF Clone (Flexi® HaloTag® Type) 1クローン オンラインカタログをご覧ください 51,000 (表面から続く)次に、HaloTEV Proteaseで処理し、RNAの結合したAtaxin-2複合体をビーズから切り離し、回収します。これを電気 泳動すると、Ataxin-2の予想サイズ付近に、放射線でラベルされたRNAが検出されます (図2)。これを切り出すことによって、非特異的 に結合したRNAの混入を低減させることができます。次に、Ataxin-2をProteinase Kで分解し、RNA断片のみを回収します。最終的に このRNA断片を使ってcDNAライブラリーを作成し、次世代シーケンサーを使って網羅的解析を行います。 Protease Inhibitor Cocktail, 50X 1ml G6521 15,000 2. シーケンス結果の検証 PAR-CLIP法では、4-SUと蛋白質の架橋部位には、T-to-C置換が生じます。このた め、情報解析を通して、更に非特異的に結合したRNAを除外できるだけでなく、結合 部位を1塩基レベルで決定できるのが、PAR-CLIP法の最大の利点です。実際、今回 の得られたリードを解析すると、80%以上のリードにミスマッチが確認され、更にそ のうちの70%程度がT-to-C置換でした (図3)。この結果から、作成したライブラリー の質を確かめることができただけでなく、RNA上の結合部位を約1,5000箇所同定する ことに成功しました。また、置換の生じた場所を参照することによって、Ataxin-2が 認識する結合モチーフを同定することもできました。この結合モチーフが、すでに機 能のよく知られた他の蛋白質の結合モチーフと重複していたことから、最終的に Ataxin-2の機能の特定に成功しました。 図3 :リード中に認められたミスマッチの頻度 網羅的シーケンスで得られた各リードにあるミス マッチのパターンを、ゲノム配列を参照して、解析 しました。T-to-C置換が全体の70%程度を占めて いました。